現地からの中国事情

「愛国教育」は「愛党教育」

中国は今、「愛国教育」の真っただ中にあります。社会が歪み、弱者がさらに弱者を虐げている中国の愛国教育とは、何なのでしょうか。

 友人の鍾美音(ジョン・メイイン・仮名・38歳)さんからメールが届きました。
 鍾さんは日本に10年滞在した間に2人の男子を出産し、日本の保育園で育てた日本通で、昨4月に中国へ単身赴任した日本人の夫と生活するため、9月に始まる長男の小学校入学に備えて3月に帰国しました。

イジメに勝ち抜く術を授ける

 出会いからのことを懐かしく思い出しながら読み進むと、2人の息子を「少林寺拳法」の教室に通わせていると書いてあり、私を少し驚かせました。鍾さんは中国人にしては珍しく争うことが嫌いで、子供にはスポーツでなく、争いと無縁の習い事をさせたいという考えでピアノ教室に通わせていたからです。
 中国の子に最も人気のあるスポーツはサッカーと聞いていたので、なぜ「闘う」ことが前提の少林寺拳法にしたのか、聞いてみると、鍾さんは、こう説明しました。
 「中国の義務教育は日本と同じで、7歳で小学校に入学します。日本との大きな違いは、『友達100人できるかな』と、日本で歌われるような楽しく過ごす小学校生活が目的ではないことです。何より大事なことは、学習を含めて競争に勝つこと。さらに重要とされるのが『愛国教育』を学び、愛国心を育てることです」。
 授業で愛国教育が始まれば、日本が中国を侵略し、中国人に残虐な仕打ちをした歴史を必ず教えます。遅かれ早かれ鍾さんの子は日本人との混血であることが伝わり、日本人の蔑称「日本鬼子(リーベングィズ)」と、イジメの対象になることが目に見えているのです。

“イジメを生む”構造の社会

 中国社会は今、経済が下り坂を転げるという初めての経験で、閉塞感が国民を覆い、不平不満のハケ口として、弱い者がイジメられ、それがさらに弱い子供に向かうという連鎖が続いていて、目を覆いたくなるような事件が起こっています。
 象徴的なのが、3月初めに河北省邯鄲(ハンタン)市で発覚した13歳になる男子中学生3人が、同級生を殺害し、遺棄した事件です。
 殺された中学生を含め、4人の親は出稼ぎに行っていて、祖父母と暮らす中国特有の6700万人に及ぶ「留守児童」でした。親に逢うのは年に1~2回、両親の愛情はもちろん、家族に愛された経験がなく、社会の底辺で喘いできた子が、さらに弱い子を虐げる格差社会が生んだ事件です。
 留守児童の兄弟がイジメに追い込まれて、農薬を飲んで自殺したという痛ましい事件も起こっています。惨い事件の多発に、鍾さんは「息子」がイジメに立ち向かい、中国で堂々と生きていけるようにするために少林寺拳法を学ばせると言うのです。

愛国教育で国防教育

 今年1月、習近平政府が「学校教育の全課程で愛国主義を徹底する」という方針を掲げ、「愛国主義教育法」を施行し、さらに4月には小学生から大学生までを対象に「国防教育改正法案」の審議に入りました。小学生には国防意識、中学生に国防意識に加えて技能を習得させ、高校生に基礎軍事訓練、大学生には本格的な軍事訓練を導入するというものです。
 国防教育は国民に戦争が起こりうるとの認識を浸透させることが狙いですが、根本の愛国教育は今になって始まったのではありません。毛沢東が人民共和国を建国すると、人民を苦難から解放し、まともな暮しができるようにしたのは共産党であるとして、共産党を尊敬するよう求めて始まったものです。つまり、愛国教育の根本は「愛党」教育なのです。
 愛国教育を掲げるなら、世界に誇る中国4000年の歴史が生んだ「紙」「印刷」「羅針盤」など、「文化」を学ぶことが教育の基本になっているはずです。
 しかし、共産党の建国後、政治闘争が繰り返され、中国の古い文化を根こそぎ消し去ろうとした時代が続きました。伝統文化を否定する共産党の現代史に代えて、アヘン戦争で中国を蹂躙した英国、日清戦争に始まって先の第二次世界大戦で中国を侵略した日本を、残虐国家と教え込んだのです。当時は、徹底した鎖国主義だったから愛国キャンペーンによって人民は完全に洗脳され、共産党は権威を保ちました。

江沢民の徹底した反日愛国教育

 毛沢東に次いで、愛国教育に力を入れたのが、中国を復活させた鄧小平の後押しで国家主席に就いた江沢民氏です。
 1991年のソ連崩壊は政権基盤の弱かった江沢民氏の心胆を震え上がらせました。国民の一体感を高めなければ共産党の一党支配が揺らぐ危機にあったのです。
 そこで、江沢民氏は「愛国主義教育実施要項」を打ち出し、日本叩きに力を入れ、異常と言われるほど反日感情を高めました。連日、抗日戦争関連の映画やドラマが放映され、中国国民を熱狂の反日時代へ向かわせ、江沢民氏が主席を退いた2年後の 2005年には中国全土で反日暴動が3週間にわたって続く異常事態になったのです。
 習近平政府が「愛国主義教育法」を打ち出し、加えて「国防教育改正案」の審議を始めたことで、中国全土で愛国教育が大々的に行われていますが、国民は共産党を愛し、尊敬するようになるのでしょうか。 
 元大学教授の中国人こう言います。
 「今はインターネットや海外旅行で情報を手に入れています。中国人は本音と建て前を使い分け、共産党を愛している振りをするだけになっていきます」
 党が求心力を取り戻すのは容易ではありません。